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17件のコメント

  1. 私はドロミテ戦は大好きだ。あのパニックホラーでどうしようもない感じが堪らなく好きであり、ジョジョ作品に稀に見ぬ『逃走劇』が見られたからだ。さらに、ソフトアンドウェットの意外な使い道が判明したりなど、通常のスタンドバトルからは想像もつかない新たな戦いを見れたのも大きい。そして、私はこの『ドロミテ』がしばらく忘れられなくなった。それこそ彼のスタンド『ブルー・ハワイ』のせいだ。

    スタンドというのは、本体の精神力由来なため、人型だと本体の欠損がおもむろにスタンドに現れるが、ブルー・ハワイはそうではなかった。まあ、そういうものだと思えばよいのだが、私は一つ考えた。

    『雛鳥』がモチーフに見えないかと。

    見た目から感じた違和感で、足の形や足に対して手が異様に短く、やや前傾した姿などから、私はこれを鳥だと感じた。だが肝心の翼は形でしかなく、この姿を見て、私はさらに『雛鳥』と連想した。またそこからブルー・ハワイのゾンビ化は、

    ・雛鳥が目にした対象を『親』と認識して追いかけている。
    ・ゾンビが生き血を求めて生存者を追い詰める

    この互いの異なる『追尾』を同一化させたのではと考えた。ゾンビと雛鳥という無関係に見えて実はあった共通点に気づいて当時の私の脳内はドーパミンで溢れかえっていた。ちなみにスタンドに頭部がないということは、ゾンビの如く『知性』がないという意味なのかなと雑に考察はしている。

    さらに、ここからドロミテという人物についても考察ができるかもしれないと私は考え、至った結論は、

    『愛を知りたかった人物』ではないかとなった。

    彼らは『岩人間』であり、無論、『親』や『家族』と呼べる存在はいない。田最らに協力しないのも彼らは『仲間。あるいは同種』という認識であるのではと思う。人でいう『知り合い』に近いのではないか。しかし、彼は能力を使っていたが『彼女』がいた。それは恐らく子孫繁栄や社会的権利など存在を得るための行為ではなく、単純に『愛』を知りたかったのではないか。

    ここからはかなりの憶測だが、人として生きている中で、『家族』や『恋人』のようなものに憧れや興味を抱いた。だが、それのなり方や仕組みを知らないドロミテは『スタンド能力』で再現をした。愛する人がいれば何か気づけると思ったのだろう。だが行き着く先は『四肢欠損』。結局はそれを知ることはできなかった。

    私は、彼を『親のいない雛鳥』なのかもしれないと改めてスタンドを見ながら思った。産まれてから何か満たされない日々を送り、人間として生きた彼は『金』や『社会的地位』というものではなく、ただ『愛』を求めた。それは我々のような『愛情』を得るためではなく、愛という『餌』を欲しがるように、飛ぶための技術を母鳥から習うように。彼はただ知りたかっただけなのだと思う。実際に能力を使う際に躊躇う様子があったのも、悪戯に人を傷つけるのは好みではないのかもしれない。彼が今の姿のまま、社会に溶け込まず生きているのは彼なりの人間への『贖罪』なのではないだろうか。さらに彼は岩人間の中で唯一生存している。これは、彼には他の岩人間にはない『純粋さ』によって許された荒木飛呂彦先生の判断ではないかと勝手に考える。

    結局長くなってしまったが、今回もあくまで私の考察であり憶測である。他にも良い考察があれば教えてほしい。

  2. ああ私の恋は南の風に乗って走るわ
    ああ青い風切って走れあの島へ
    あなたと逢うたびにすべてを忘れてしまうの
    青い珊瑚礁の歌詞が結構ブルーハワイの能力っぽいし洋楽のブルーハワイだけじゃなくてこっちも元ネタなのかな

  3. ちなみに、元ネタの曲はワンダー・オブ・Uと同じくエルヴィス・プレスリーさんの曲で、ブルーハワイです

  4. 人間が襲ってくる間はマジでパニックホラー
    ハエが取り憑かれた時は「それはズルじゃん…」って絶望した