女狂いではなく妻を政治の道具にしていた? 花山天皇 8人の妻の生涯【光る君へ】
参考文献
今井源衛『花山院の生涯 (1976年) (国語国文学研究叢書〈8〉) 』
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倉本一宏『敗者たちの平安王朝 皇位継承の闇 (角川ソフィア文庫) 』
https://amzn.to/47NmvOE
樋口健太郎『平安時代天皇列伝』
https://amzn.to/48Lgsvc
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花山天皇は即位式の最中に女官に手を出すほどの女狂いで多くの女性に手を出したという印象が強いですが、これは後世の書物の工作によるものがほとんどです。
在位中は忯子をはじめとした計4人の女性を入内させていましたが、彼女たちはみな有力者の娘であり、花山天皇は彼らとの政治関係に従って妻たちの扱いに明確な差をつけています。
出家後も多くの女性と新たに関係を持ち、特に親子まとめて寵愛し子供も産ませたことは、花山天皇の女好きのイメージを決定づけました。
今回は、女好きのイメージの裏で、妻たちの扱いを通じて有力貴族をコントロールし優位に政治を進めようとしていた花山天皇の8人の妻たちについて一人ずつ紹介していきます。
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【画像引用】
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#光る君へ #花山天皇 #忯子 #大河ドラマ
7件のコメント
12:45 九の御方:藤原北家九条流 従一位 太政大臣 藤原為光娘
13:26 儼子:正二位 摂政 太政大臣 藤原伊尹娘
となっていますが正しくは逆です。音声 字幕が正しい内容となっています。
失礼いたしました。
天皇の妃を妻というのは少し違和感ですが、退位後など色々ややこしくなるため便宜的に妻で統一しています。
今回の動画は、平安時代の貴族女性がいかに政治の駒にされていたかの証明のようで、心が痛みます。もちろん花山天皇自身の女性への好みはあったと思われますが、それ以上に誰の娘か!?が重要だったことがよく分かりました。清涼殿に最も近く格式高い弘徽殿に住まわせるのは、彼女の父為光を重視している花山天皇の意志であり、政治力がほとんどない為平親王の娘では、自身の味方に付いても意味がない、さらに円融天皇時代から兼家と組んでいた頼忠に対しては花山天皇は反発を感じているので、今更娘を入内させても厚遇しない、など本当に政治的駆け引きに終始していますね。その駒として天皇に差し出される娘は、あまりに不憫です。
12:45 九の御方は為光ではなく、伊尹の娘、13:26たけこ(四の君)は伊尹でなく為光の娘ですね。音声は正しく、動画内の名前が入れ替わっています。
説明を聞きながら、系統図を追っていけない。矢印など付けて欲しい。
事実を巧妙に織り交ぜて捏造された史実を残されてる御方なのか
藤原一族は近親結婚が天才をつくり、栄華を・・・。近親結婚の異・・・・。平安時代は裏面こそが時であったのか。
結局多妻により強い血を広めた。男性は三人以上の子を持つことが出来るかが結局国の繁栄に繋がるのでは?
花山天皇、めっちゃ奇人変人悪者に仕立て上げられてて気の毒😅