
営業最終日を迎えたシネスイッチ銀座(撮影・松尾 知香)
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東京都中央区銀座の老舗映画館「シネスイッチ銀座」が25日、閉館した。1955年に開館した前身の銀座文化劇場から87年に改名してリニューアルしたミニシアター。シネスイッチ銀座は住所に「中央区銀座」とつく地区に残っていた最後の映画館だった。これで銀座から映画の灯が消えることになった。
“さよなら上映”などの企画は行わず、最終日も通常通りのプログラム。都内の60代女性は「銀座文化劇場の時代から通いました。指定席ではなかったころには一生懸命、通路に並んでましたね。銀座から昔ながらの映画館がなくなってしまいショックです」と残念がった。雨の中、劇場正面を写真に収めるファンも多かった。
シネスイッチ銀座は約40年間にわたり、銀座の映画文化をけん引してきた。271席、182席(閉館時現在)の2スクリーン。87年から10年間は、1スクリーンは銀座文化劇場の名前でハリウッド黄金期の作品を上映する名画座、もう1スクリーンがシネスイッチ銀座として営業した。「シネスイッチ」は洋画と邦画をスイッチ(切り替え)して上映することから命名された。
ミニシアターブームにも乗り英作品「モーリス」(88年)、伊仏合作「ニュー・シネマ・パラダイス」(89年)、伊作品「ライフ・イズ・ビューティフル」(99年)、劇場でチケットもぎりのアルバイトをしていた女優片桐はいり(63)が出演した「かもめ食堂」(06年)など多くのヒットを生んだ。特に「ニュー・シネマ・パラダイス」は40週ものロングラン上映の大ヒット。興行収入約3億6900万円で単一映画館歴代1位の記録を残している。
銀座地区には昭和時代、約500席の銀座全線座、約1500席のテアトル東京など大型の映画館が複数あった。ミニシアターでは、小津安二郎、成瀬巳喜男監督らの邦画の名作を上映していた「銀座並木座」が98年に閉館。2013年には、地下鉄の走行音が響いてきた「銀座シネパトス」、同じビルに劇場もあった「銀座テアトルシネマ」が相次いで営業を終えた。昨年7月には東映本社ビルにあった丸の内TOEIが65年の歴史に幕を下ろし、シネスイッチ銀座が“最後のとりで”となっていた。
銀座に隣接する有楽町、築地地区には映画館は複数ある。都内の50代映画ファンは「“銀座で映画を見た”と言えないのは寂しい。いつか復活してほしい」と願っていた。
《“名付け親”坂上直行氏「重要な役割を果たした」》シネスイッチ銀座の“名付け親”で運営する籏興行、フジテレビとともに番組編成を手掛けた元日本ヘラルド映画常務の坂上直行氏は「時の流れで仕方のない部分はあるが、やはり寂しいですね」と閉館に無念さをにじませた。ヘラルドでは「ニュー・シネマ・パラダイス」や「リトル・ダンサー」といったヒット作を生み出し「当時は単館系の映画が文化となって受け入れられ、重要な役割を果たしたと思う」と回想した。
