
村上龍さん
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作家の村上龍さんが10月17日に死去した。74歳だった。23日に幻冬舎が公表した。代表作「限りなく透明に近いブルー」などは自ら脚本・監督を担当して映画化するなど、映画監督としても活躍した村上さんに、芸能界から追悼が相次いだ。
女優・高岡早紀はインスタグラムを通じて村上さんを追悼。高岡は村上さんが原作、監督、脚本を務めた1996年公開の映画「KYOKO」で主演を務めた。
インスタグラムには2ショットの写真を掲載し、「村上龍さん。映画 ”KYOKO”の撮影でCuba やNYへ行ったのは、もう30年以上前になりますね。。あの頃の我儘な私は、龍さんをたくさん困らせましたね。Cubaのダンスホールで踊りましたね。Chelsea hotel に泊まりましたね。お手紙のやり取りをしたのもよく覚えています。またお会いしたかったです。どうぞ安らかにお眠りくださいませ。。」と偲んだ。
映画「限りなく透明に近いブルー」で主演、俳優デビューした三田村邦彦はスポニチ本紙にコメントを寄せ、「撮影の10年後、当時の無礼をおわびすると“おまえらしくないから、気にすんなよ”と、寛大な言葉をかけてくださいました。その懐の深さと温かいお人柄に、心より感謝申し上げます」としのんだ。村上さんは同作で脚本、監督も務めた。
シンガー・ソングライターの佐野元春は公式Facebookを通じて村上さんとの別れを惜しんだ。佐野と村上さんはラジオや雑誌の対談企画などで共演。村上さんの著書「トパーズ」に収録されている短編「サムデイ」内で、佐野の楽曲「SOMEDAY」に言及する場面もある。
佐野は「4歳上の兄のような存在だった。渋谷陽一氏とほぼ同世代だ。村上龍の小説には、個人の痛みを都市や国家のあり方へと広げていく、独特の主題があった。そこが自分と重なった。内外の文学に触れるなかで、自分は私小説が苦手だった。村上龍の作品は違った。私小説とは異なる方法で、虚構を築いていた」と故人を追悼した。
村上さんは1952年長崎県生まれ。76年、大学在学中に執筆したデビュー作「限りなく透明に近いブルー」で第19回群像新人文学賞および第75回芥川賞を受賞。単行本・文庫を含め約350万部の大ヒットを記録した。「コインロッカー・ベイビーズ」「イン ザ・ミソスープ」「13歳のハローワーク」など著書多数。テレビ東京「カンブリア宮殿」では、女優・小池栄子とともに20年にわたってMCを担当し、今年4月に交代していた。
映画監督としても才能を発揮し、「限りなく透明に近いブルー」は村上さん自ら脚本・監督として1979年に映画化。1983年「だいじょうぶマイ・フレンド」、1992年「トパーズ」、1996年「KYOKO」でも同様に脚本・監督を務めた。作品の世界観を映画という表現手段で追及し続けた。
