7年越しに決まった今回の上映

 大浦信行監督の集大成作品とも言うべき映画『遠近を抱えた女 完全版』が10月9日から吉祥寺のアップリンクで上映されている。もともとは2019年にほぼ完成にまで至っていた映画を大幅に作り変えたものだ。2019年8月に「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展」で映画の一部を上映したところ、激しい攻撃を受けた。もうひとつの慰安婦問題をテーマにした「平和の少女像」とともに右翼陣営からの強烈な攻撃によって「表現の不自由展・その後」そのものが開催3日で中止に追い込まれるという事態に至ったのだった。

 その後、大浦さんの映画が完成に至っても上映館が決まらず、7年という歳月を経て今回、ようやく公開に至ったわけだ。映画自体はその間に撮影をやり直すなどして大きく変わり、大浦監督の過去の作品の表現なども使われた集大成となったのだった。直接攻撃の対象となった昭和天皇に関するシーンは今回の映画には登場しないのだが、それでも2019年のイメージが広がってほとんどの映画館がしりごみし、下手をすると作品がこのまま封印されてしまうことになりかねない状況だった。

映画『遠近を抱えた女 完全版』©2023国立工房(以下同)映画『遠近を抱えた女 完全版』©2023国立工房(以下同)

 

 そういう中で今回、上映に踏み切ったのがアップリンクだった。この映画がタブーを乗り越えて今後、上映が拡大していくかどうかは、まさにアップリンクの上映がどれくらいの支持を受けるかにかかっている。その意味では単に映画の興収がどうのということ以上に、表現の自由をめぐる大事な局面がこの上映にかかっている。ぜひ多くの人に、映画館に足を運んでいただきたい。

 9日の公開以降、連休中はまずまずの客の入りだったようだが、問題は連休明けの今日以降だ。私も10月16日(金)の上映後の舞台トークにゲストとして呼ばれており、大浦監督とトークを行う。ぜひ劇場に足を運んで、一緒に考え、議論してほしい。

公開前夜のトークイベントで入れ墨を披露

 公開前夜の8日夜、阿佐ヶ谷ロフトAで大浦監督や主演のあべあゆみさんらを招いてトークイベントを行った。「あいちトリアンナーレ」の「表現の不自由展・その後」の関係者も会場に来てくれて、いろいろな話をした。この記事の冒頭に掲げたのはその時の写真で、映画の冒頭であべあゆみさんが入れ墨を彫ってもらうシーンが続くので、その入れ墨の実物を披露していただけないかと頼んでおいたものだ。背中の全面に入れてあるのは獅子牡丹の入れ墨だ。

 私は当日、そのトークイベントで司会をしていたのだが、あべさんの入れ墨披露にあわせて慌てて壇上から客席に移って撮ったのが冒頭の映像だ。慌てて撮ったので構図がいまいち決まっていないが、壇上のスクリーンに映し出された『遠近を抱えて』の絵を背景にしたあべさんの背中というのはとても印象的な光景だった。ちなみに映画では入れ墨が大きく映されているので、その写真も掲げておこう。

映画『遠近を抱えた女 完全版』より 映画『遠近を抱えた女 完全版』より 

 

 どうもあべさんは自分が入れ墨を入れたことを親などの家族に内緒にしており、今回の映画を観て母親は衝撃を受けるのではないかと一部関係者の間で話題になっていた。そこでその阿佐ヶ谷ロフトAのトークの時にあべさん本人に確認したら、既に親は知っているとのことだった。背中の入れ墨は大きなもので、どうも襟元から見えていたことがあったようで、母親から「知ってるわよ」と言われたのだという。

映画『遠近を抱えた女 完全版』より映画『遠近を抱えた女 完全版』より版画『遠近を抱えて』と昭和天皇のモチーフ

 そのロフトのイベントでは映画のハイライトシーンの映像を映したのだが、改めて観て、この映画の随所に挿入されている版画『遠近を抱えて』の昭和天皇のシーンの重要さを認識した。『遠近を抱えて』は大浦さんの美術の原点とも言える作品だが、それが映画の中で随所に顔を出すのだ。

「あいちトリアンナーレ」事件の時は、それが昭和天皇の尊厳を脅かすものと攻撃の対象になったのだが、実はそう単純ではなく、その昭和天皇のイメージは、日本人が抱える「内なる天皇」として多くの人の意識下に内在し、大浦さんは自分自身にもあるその「内なる天皇」を美術作品として描き出そうとしたものだった。

 『遠近を抱えて』のテーマについては、ロフトのイベントで大浦さん自身が語ってくれた。私もだいぶ前に四谷でその版画作品が展示されたのを見て衝撃を受けたのが、大浦作品に触れた最初だった。美術としても素晴らしいのだが、まだ当時は皇室タブーが一般化していた時代で、昭和天皇をそこまで堂々とアートの中で描くというのは、なかなか他では見られないことだったからだ。

 あいちトリエンナーレに至る前にも大浦さんのその版画は、右翼の攻撃を受けたり、展覧会での展示が中止になったりという曲折をたどっていた。それについては拙著『皇室タブー』に詳しく書いたし、ヤフーニュースの下記の記事にも書いたのでご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/34161739d7a79a62e2370fc1f94e143e71c84c25

公開間近の映画『遠近を抱えた女 完全版』大浦監督の作品の原点「内なる天皇」と皇室タブー

笑わずにいられない相撲のシーン(映画『遠近を抱えた女 完全版』より)笑わずにいられない相撲のシーン(映画『遠近を抱えた女 完全版』より)大浦さん自身が語った「遠近を抱えて」のメッセージ

 大浦さんの描いた昭和天皇は、反天皇といった政治的なメッセージではなく、もっと根源的な、日本人が抱える「内なる天皇」とは何なのかというテーマに関わるものだ。その大浦さんの版画の作品名『遠近を抱えて』とはどんな思いを含んだものか。それについてロフトのイベントで大浦さんが語った話が興味深かった。8日の夜、大浦さんはこんな話をしたのだった。

《私たちが、例えば学校とかの図工とか美術を教える授業で、その根底にあるのは西洋の遠近法ですよね。それを疑ってみよう、疑ってみたらどうなるんだろうというのが、きっかけなんです。 西洋の遠近法とは、たかだか明治以降の130年の歴史でしかないわけですが、 それは我々のものを考えることの基本になってるわけじゃないですか。

 それを逆転させたらどうなるんだろう。今の我々の価値観ってどんなふうに見えてくるんだろうというのがきっかけでもあったんですね。『遠近を抱えて』というのは、遠近法を一回無効にしてみよう。そうしたら何が見えてくるのかということだったんです。

 遠近法というのは手前が大きくて、遠くへ行けば行くほど小さくなる。ところが、例えばメキシコとかの原住民の人たちの間では、手前が小さくて、遠くへ行くと大きくなる逆遠近法というのが実際にあるわけです。西洋の遠近法を前提にした価値観じゃないということになるじゃないですか。そういうふうに思えてきたというのは、当時、私がやっぱり日本を離れてニューヨーク行っていたからだと思うんですね。 『遠近を抱えて』というのは、遠近法を一回無効にして考えてみようということなんです。》

 そして実は版画作品『遠近を抱えて』にも入れ墨がたくさん描かれており、それが今回の映画での冒頭のあべさんの入れ墨のシーンにつながっているのだという。

 

作家としての表現を通した抗議のメッセージ

 会場で販売しているパンフレットの冒頭には「あいちトリエンナーレ」の芸術監督、いわゆる総合プロデューサーを務めた津田大介さんの「不在の自画像ーー40年目の上映」という力のこもった文章が掲載されている。2019年大きな問題となった大浦さんの映像作品が、今回、こんな形で社会の前に立ち現れたことは、津田さんにとっても感慨深いことだと思う。

 大浦さんのインタビューも私はこのヤフーニュースに公開したが、本人はこう語っていた。

《今回の完全版を作った動機は、明らかに「あいちトリエンナーレ」のことがあったからです。あれに対する作家としての表現を通した抗議のメッセージを出したいという思いはありました。「あいちトリエンナーレ」でも一時、上映できなくなり、その後も映画館で上映できなくなった、それに対する作家の側からの答えを出してやろうと思ったんです。》

 タブーに覆われ、自由な表現ができないこの社会に対する「作家としての表現を通した抗議のメッセージ」だというのだ。

 2019年の「あいちトリエンナーレ」での表現をめぐるとても深刻な状況が記憶に残っている人はぜひ映画館に足を運んで、それに対する大浦さんの「答え」だという今回の映画をご覧いただきたい。「あいちトリエンナーレ」で一時中止となった「表現の不自由展・その後」は開催期間の最後に再開されたのだが、その時は名古屋の会場に長蛇の列ができるほど多くの人が訪れた。私は幸運にもくじがあたって会場に入れたのだが、一度封印された大浦さんの映像が会場に再び流れ、それが終わった途端、入場者が全員大きな拍手を送った感動的な光景が忘れられない。表現が暴力によって封印されることに、多くの市民がNOという意思表示をしたのだった。

 ぜひ今回、多くの人に映画館に足を運んでいただきたい。前述したように16日の上映後の舞台トークには私も登壇して大浦さんと話をする。

 映画の公式ホームページは下記だ。

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