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主人公は、ボストンの裏社会で30年間働いてきた元ボクサーの運び屋。特殊部隊出身でも伝説の暗殺者でもない、ただのチンピラです。ところが、長年のボクシングによる頭部へのダメージから認知機能に障害が現れ、物忘れどころか、現実と幻想の区別まで怪しくなっていく。医者からは長くて3年と言われ、人生の残り時間を意識し、疎遠になった娘との関係を修復しようとするわけです。

そもそも本作の原題は『Absolution』。意味は「罪の赦し」です。ところが日本にやってくると『ハードボイルド』になってしまう。いや、間違ってはいないのですが、どうにも売り方が雑ではないですか。リーアム・ニーソンが銃を持っているからハードボイルド。もはや主演俳優の名前だけで邦題を決めているようなものです。

しかし、本作の主題は明らかに贖罪です。

主人公は、かつて家族を顧みなかった自分の人生を後悔し、娘や孫との関係を取り戻そうとします。ところが、息子コリンの名前すら忘れてしまっている。娘からすれば、今さら父親面する男が、自分の息子の名前も覚えていないわけで、怒るのも当然でしょう。しかし観客には、それが無関心によるものなのか、病気による記憶障害なのかが分かってくる。このあたりの残酷さは、なかなかよくできています。

さらに主人公は、自分が運んでいた荷物が人身売買された女性たちだったと知り、彼女たちを救おうとします。ただし、ここからが問題です。

主人公が選んだ解決方法は、結局のところ銃で悪党を殺し、金を奪い、女性たちに札束を配るというもの。娘には家を用意し、親しくなった女性にも金を残す。なるほど、本人としては善行を積んでいるつもりなのでしょう。

しかし、これって本当に贖罪なんですかね。

30年間も裏社会で生きてきた男が、最後に少々悪党を撃ち殺し、犯罪で得た金を配ったところで、過去の罪が帳消しになるのでしょうか。しかも、明確には描かれていませんが、長年仕えたボスのチャーリーを殺しながら、その息子カイルは生かしてしまっているように解釈できます。カイルは主人公の暗殺を企てた人物です。父親を殺された以上、報復する理由は十分にある。主人公は死にゆく身だから構わないでしょうが、残された娘や孫はどうなるんですか。家を買ってあげたところで、そこに殺し屋が押しかけてきたら元も子もありません。

つまり、この男は人生の最後まで、金と暴力でしか問題を解決する方法を知らなかったのです。

一方、繰り返し登場する、ベッドやソファーがボートとなって海を進む幻想も印象的です。本来なら安心して身体を休める場所が、目を覚ますと勝手に海の上を進んでいる。しかも、船を操縦しているのは主人公ではなく、亡くなった父親です。幼少期に父親から暴力を教え込まれ、その価値観に従って生きてきた主人公。自分の人生なのに、その舵を握っていたのはずっと父親だったということでしょう。認知機能の衰えによって、自分の身体も記憶も思うように制御できなくなった男が、夢の中でさえ自分の進む方向を決められない。何とも皮肉で、切ない光景です。

そして最後、主人公は以前からギターの音が聞こえていた空き家へ向かいます。そこには演奏者などおらず、風鈴の音だけが響いている。幻想と現実が溶け合うなか、彼は光に包まれていく。原題の『Absolution』を踏まえれば、神による赦し、あるいは死の暗示とも受け取れる場面です。

ただ、私は主人公が本当に赦されたのか、少々疑問が残りました。

人は死を前に善行を積めば、それまでの人生を清算できるのか。そもそも、赦しとは本人が勝手に得られるものなのか。本作が面白いのは、そんな簡単には答えの出ない問題を、いつものリーアム・ニーソン映画の体裁で描いているところでしょう。悪党を撃ち殺してスカッとするはずが、観終わって残るのは、結局この男は最後まで自分の生き方を変えられなかったのではないか、という苦い後味。

『ハードボイルド』などという味気ない邦題より、『Absolution』という原題のほうが、はるかに意地悪で、はるかに深い映画なのでした。

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