世界的に評価される漫画家・谷口ジローの代表作『遥かな町へ』が実写映画化された。欧州版に続き、今回は日本のキャスト・スタッフが、1963年の鳥取県倉吉市を舞台に原作の世界に挑んだ。大人の心のまま14歳の少年に戻った主人公はどう描かれたのか。48歳の主人公を演じた大谷亮平が語る。
日本版は原作の舞台で撮影
『遥かな町へ』は、『孤独のグルメ』(作・久住昌之)や『神々の山嶺(いただき)』(作・夢枕獏)などの作画で知られる谷口ジロー(1947~2017)が、自身のオリジナルストーリーで描き上げた作品だ。フランスのアングレーム国際漫画祭をはじめ、イタリア、スペイン、ドイツなどで数々の賞に輝き、谷口の代表作に数えられる。
ベルギー人監督ら欧州のキャスト・スタッフによる実写映画(2010年、日本劇場未公開)は、原作のストーリーを下敷きにしながら、舞台をフランスに変えるなど、翻案の要素が多かった。今回は、谷口の故郷である鳥取県を舞台に日本人が演じ、原作の世界により忠実な実写版となった。

映画『遥かな町へ』は鳥取県倉吉市を中心に撮影。玉川沿いに続く白壁の土蔵が美しい ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
時代は原作が発表された1998年。48歳の主人公・博史が、不意に訪れた故郷・倉吉で母の墓参をした時に、中学生だった34年前にタイムスリップしてしまう。迷い込んだ先は、東京五輪を翌年に控えた1963年。懐かしい景色、人々のかつての姿が目前に広がる。

昭和30年代の街並みに混乱する博史(及川桃利、右) ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
頭の中は大人のまま14歳の身体に戻った博史は、家族や友人、初恋の相手と「過去をやり直す」ように日常生活を送り、混乱しつつも、新鮮な発見の連続に胸を躍らせる。一方で心配事もあった。夏が終わりに近づく頃、父が家を出ていってしまうことを博史は知っていたのだ。父の失踪を食い止めて、家族の未来を変えることができるのか?葛藤する博史の心の動きを追いながら、物語は進んでいく。

博史は父・与志雄(滝藤賢一)の胸の内が気になって仕方がない ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
40代になっても変わらない中学生の心
博史を演じた大谷亮平に話を聞いた。物語の大半は1963年の出来事で、多くの場面に登場するのは及川桃利演じる14歳の博史だが、心はあくまで未来からやってきた中年男という設定。この映画に特有なのは、その「心の声」が大谷の語りで観客に聞こえてくることだ。
―主役ではありますが、出演の形態としてはかなり特殊でしたね。
スクリーンに登場するのは最初と最後だけ。でも自分が出ない博史の場面も、心の声は僕が吹き込んでいく。そこが結構メインになっていましたね。このキャラクターについて、特別に何か役作りを意識してはいないです。最初に原作を読んで受けた印象のまま、それぞれのシーンに合わせて素直に気持ちを乗せていきました。

―原作の漫画はこのオファーが来てから読んだのですか。
漫画はそんなに読むほうではないのですが、この作品はすっと入り込めて、最後まで一気に楽しんで読めました。自分が主人公の年齢に近いので、より刺さったというか。共感することも多かったです。
―どんなところに共感しましたか。
中学生に戻って、当時憧れだった女の子と付き合う。共感というか、すべての男性に共通しそうな願望というか(笑)。ロマンを感じて、気付いたらかなり入り込んでいました。そうやって楽しむところから始まって、親に対する思いとか、自分がこの年になったからこその感慨が湧いてくる。あったかもしれない別の人生とか、いろいろ考えながら読み進めていきましたね。

話もできなかった憧れの長瀬智子(磯谷萌々子)が目の前にいるなんて! ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
―14歳の博史をスクリーンで見てどうでしたか。
14歳を演じた及川くんとは撮影に入る前に会う機会があって、いろいろ話しました。この作品に対して、ものすごく情熱を持っていて、悩んでもいた。とても難しい役ですもんね。中学生の姿なのに、中身は48歳。そこを僕とどう合わせていけばいいのかと。でも完成した作品を見ると、そんな迷いは感じられなかったですね。
―これが昔の自分だと自然に受け入れられたと。
何歳であっても博史は博史だと直感できました。特に男性について言えることですが、40代になっても、10代から変わったようで変わっていないなと。だから見ても違和感はなかったし、むしろいい意味で葛藤も見えていた。彼が葛藤するシーンで抱いていた気持ちと、自分が声を吹き込みながら入れた気持ちが、違和感なく通じていたと思います。

©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
演技は「無」でいく時もある
―今の意識を持ったまま、過去のある時点に戻ってやり直したいというのは、誰しも抱く願望だと思いますが、大谷さん自身は?
僕は小学生の頃からずっと、今になるまでバレーボールを続けてきました。あとは韓国に12年住んでいました。やり直せるなら、もっと別のことをしてもよかったのかなと。もっといろんなバリエーションで知りたい願望はありますね。
―今年はちょうど韓国で俳優デビューして20年、日本デビューも10年という節目になりますが、これからに向けて思うところはありますか。
そもそも韓国でも日本でも、仕事のきっかけは全部、自分が知らないところで動いていた。自然の流れで出会ったものに向き合えばいいと考えてきました。自分でつかみにいく欲もなく、出会いがあれば縁を感じて、それを大切にしていく性格なんですかね。ちょっと物足りなく聞こえるかもしれないですけど(笑)。

―ちょうどこれまでの人生とか、これからを考えるタイミングで、博史という役にも重なる部分があったのかなという気がしました。
今までやってきたことを振り返る年代でもあるし、それを踏まえてこの先のことも考えはしますが、たぶん答えは出ないですね。人生の折り返し地点ということは、あとは下り坂だと思うのか、それともまだ半分あると思えるのか、捉え方次第だと思って。常に前向きとはいかないけど、やり残したと感じるのは気持ちいいものではないから、そこだけは気をつけています。ただ僕、おいしいものは最後に残しておく方なので(笑)。まだいろんなことをあえて残しているんだと思いたい。
―この10年でいろいろな縁はあったと思いますが、自分で考えて努力してきたこともありますよね。
そこが自然に結びつけばいいなって。一生懸命な時もあるし、何気なく過ごす時もある。それが自然に実になっているかもしれないし、関係ないかもしれない。気づいたらそうだったのかなぐらいのスタンスで生きるのが好きなので。あの体験が今に生きている、とか無理にこじつけて説明したくないんですよ。質問の答えになっていなくてすみません(笑)。

博史は気が付くと故郷・倉吉に向かう列車に乗っていた ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
―いやいや、自然でとてもいいです。
インタビューだと、役をどう深掘りするのかとか、説明しなきゃいけなくなりますけど、実は結局、そんなに意識していないんですよね。無でいく時もあるくらいなので。それが良いか悪いかは別として(笑)。思ってもいないことはやっぱり言いたくないなって。

家族で過ごした時間がよみがえる ©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
―倉吉での撮影はどうでしたか。
風景がのどかで、初めてなのになじみがあるような気持ちでした。両親が高知県出身で、子どもの頃よく行っていたんですけど、そんな原風景みたいなものを倉吉に感じました。ロケに使われた場所を見て回りたいと思ってもらえたらいいですね。
―昭和30年代の雰囲気が残っていると言われますけど、実際そんな感じですか。
時代とか町とか、この映画ならではの香りや“肌感”があって、懐かしさを感じてもらえるんじゃないかな。映画を見ている間、人によってさまざまな、家族に対する思いがあふれてくると思います。

インタビュー撮影:花井智子
ヘアメイク:宮島七海(MARVEE) スタイリスト:菊池陽之介
衣装協力:トヨダトレーディング プレスルーム
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)

©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
作品情報
出演:大谷 亮平 及川 桃利 磯谷 萌々子 戸田 菜穂 滝藤 賢一
脚本・監督:錦織 良成
原作:谷口 ジロー
音楽:瀬川 英史
エグゼクティブプロデューサー:山本 敬
制作:goen
製作:BARCOS
配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
配給協力:渋谷プロダクション
製作年:2026年
製作国:日本
上映時間:126分
公式サイト:https://harukanamachie.jp/
10月9日(金)全国公開
予告編
