【この記事の目次】はじめに写真週刊誌の汚れ仕事と男のプライドキャパがDデイの撮影で使ったカメラツァイス・イコンのフラッグシップ機一眼式のレンジファインダーを採用フォーカシングギアによるピント合わせダイキャストによる精緻で強靭なボディ戦前の高級カメラにおける好敵手旧ソ連邦に吸収されてしまった悲運まとめ
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていきます。
写真週刊誌の汚れ仕事と男のプライド
今回取り上げるのは、大根仁監督の映画『SCOOP!』です。主人公はかつてロバート・キャパに憧れて報道写真の世界に踏み込んだものの、現在はスキャンダル専門のパパラッチとして自堕落な生活を送る中年カメラマンの都城静(福山雅治)。ひょんなことから下世話な写真週刊誌『SCOOP!』に配属されたファッション誌志望の新人、行川野火(二階堂ふみ)とタッグを組まされることに。最初は互いを毛嫌いしていた凸凹コンビの活躍を軸に、副編集長の横川貞子(吉田羊)との情愛や、腐れ縁のタレコミ屋チャラ源(リリー・フランキー)との深い友情を織り込んだ社会派エンタメ痛快作です。
キャパがDデイの撮影で使ったカメラ

都城は、路上駐車した中古のベンツ・ゲレンデヴァーゲンの中でスキャンダルの瞬間を待ち、その時がくれば望遠ズームを装着した初代EOS-1D Xを高速連写することで生計を立てています。とはいえ、彼の心の中にあるカメラは敬愛するロバート・キャパがノルマンディー上陸作戦を撮影するのに用いたことで知られるContax II型でした。劇中の大きな山場で、薬物依存によるせん妄から家族を射殺してしまったチャラ源に『俺を撮ってくれよ!』と迫られ、生きるか死ぬかの状況で都城が被写体と一対一で向き合うべく手にしたカメラ。それはContax II型だったのです。
ツァイス・イコンのフラッグシップ機

Contax II型は、1936年に発売されたツァイス・イコンの35ミリ判レンジファインダーカメラです。打倒ライカを目指して開発されたContax I型を劇的に改良し、重厚なクロームメッキの艶やかな姿からクローム・コンタックスとも呼ばれていました。レンジファインダーカメラは三角測量の原理を利用して距離を測定しますが、その精度の基準となる基線長が約9cmとべらぼうに長いのが特長です。しかも測距用の窓とファインダーフレームの窓をつなぐ光路は細長い一体型のプリズムで形成されており、外的なショックや経年変化で精度が揺らぐことのない設計になっています。
一眼式のレンジファインダーを採用

Contax II型の背面を見ると、覗き窓が1つのシンプルな姿をしています。Contax I型では構図を決めるビューファインダーとピントを合わせる距離計ファインダーが独立していて撮影時には目を移動させる必要がありましたが、Contax II型では2つを統合したファインダーを搭載。これを当時は一眼式ファインダーと呼んでいました。ライバルのライカが一眼式のレンジファインダーカメラであるM3を世に出すのは戦後の1954年になってから。この事実からも、いかにContax II型が先進的なスペックであったかをうかがい知ることができます。
フォーカシングギアによるピント合わせ

レンジファインダー機のContaxは、ボディ側にヘリコイドリングが内蔵されています。沈胴可能な標準レンズは内爪に、広角や望遠レンズはヘリコイドリング外周の外爪バヨネットマウントで装着する仕立てです。いずれの場合も、ピント操作ではレンズのリングを回さなくても距離計窓の近くに設けられた小さなギアを指先で回してあげることでレンズが繰り出されます。とはいえ、よく整備してある機体でもギアの操作には結構な指力が求められますし、このギアを人差し指で操作しようと懸命になっているとカメラを保持している中指が距離計の窓を意識しないまま塞いでしまい『あれ、距離計像が見えない!』と慌ててしまうこともあります。Contaxを模して戦後に開発された日本光学のレンジファインダー機ニコンS型では、このようなことが起きないように距離計の基線長は短くしてギアと窓の位置を逆転させていたりもします。
ダイキャストによる精緻で強靭なボディ

Contax II型は、底蓋と一体化した裏蓋がパカっと外れる完全着脱構造を実現。鎧戸式の軽金属製で縦走りのシャッターが丸見えになった状態で、簡単にフィルムが装填できます。同時代のバルナック型ライカでは底蓋だけが外れ、フィルムを装填してもボディのスプロケットとフィルムのパーフォレーションが噛み合っているのかどうか少々不安になりますが、Contax II型はそんな心配は無用。この構造を実現できたのは、肉厚で丈夫な一体成形ができる精密なダイキャスト(鋳造)ボディによるものです。当時のライカは折り曲げた板を組み合わせて箱形を形成する板金仕上げであったことに対し、技術的なアドバンテージを示すものでした。
戦前の高級カメラにおける好敵手

そもそもツァイス・イコンは第一次世界大戦の賠償で超インフレとなったドイツにおいて、いくつもの光学メーカーを一挙に統合して出来上がった巨大企業でした。高学歴な頭脳が集結した設計部門と高い生産技術力でライカを凌駕すべく投入されたContax II型を同時代のライカIII 型と並べてみれば、ニッケルメッキとブラックペイントのライカに対しContax II型は青みのあるクローム仕上げにモロッコ革の外装で、いかにもモダンな高級品という印象です。性能に関しても圧倒的な基線長に加え、ライカが1/500秒止まりの最高速に対しContax II型は1/1250秒。レンズも大口径のゾナー5cm F1.5を製造するなど盤石の構えでした。とはいえ諸元では無敵のContax II型ですが、実際に写真を撮るという視点ではライカの評価も非常に高く、まさに好敵手の関係であったと思います。
旧ソ連邦に吸収されてしまった悲運

第二次世界大戦の敗戦により、ドイツは東西に分断されてしまいます。ツァイス・イコンの本拠地イエナは東ドイツになりContax II型の製造に用いられていた装置や工具は旧ソ連邦に持ち去られてしまったそうです。それから何十年もの間、旧ソ連邦ではContax II型およびIII型のデッドコピーであるキエフ(現在ではキーウと呼ぶべきか?)というカメラに加え、交換レンズやアクセサリーも製造されることになります。上の写真は、戦前のContax II型にツァイス・ビオゴンのデッドコピーレンズである1961年製造のジュピター12を装着し、戦前のターレットファインダーのデッドコピー品である1976年製の品物を載せた姿です。Contax II型にとって不本意なことかもしれませんが、交換レンズやアクセサリーの予備として求めるにはユーザーにとって好都合です。
まとめ

日本のバブル経済の隆盛と呼応して部数を伸ばした写真週刊誌。映画の中に登場する『SCOOP!』は架空の媒体ですが、大手総合出版社が後追いで創刊した二匹目のドジョウを彷彿させるもので、よく業界の内部を取材して描いた映画であることに感心します。売れるなら何をしてもいいという虚業の世界でもがく主人公が手にする戦前のContax II型は、消え入りそうだけれどまだ種火だけは残っている希望のような存在として物語に花を添えます。Contax II型は製造から90年近くが経過していますが、純然とした機械式カメラなので的確に整備さえすれば現在でも使用可能。中古品を求められる場合には、シャッターの上下動を制御する麻のリボンがアキレス腱ですので、交換済みかどうかを確認することをお薦めします。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。
映画の中の、あのカメラ|01 スパイダーマン(2002)キヤノンNew F-1 AE

ガンダーラ井上
2024/10/19
映画の中の、あのカメラ|02 007/サンダーボール作戦(1965)ニコノス I型

ガンダーラ井上
2024/11/04
映画の中の、あのカメラ|03 キングコング:髑髏島の巨神(2017) ライカM3 ズマロン35mm F3.5メガネ付き

ガンダーラ井上
2024/12/28
映画の中の、あのカメラ|04 未知との遭遇(1978) Rapid Omega KE-58[A]

ガンダーラ井上
2025/01/25
映画の中の、あのカメラ|05 PERFECT DAYS(2023)オリンパス μ(ミュー)

ガンダーラ井上
2025/02/22
映画の中の、あのカメラ|06 007/消されたライセンス(1989) オリンパス OM-4 Ti

ガンダーラ井上
2025/03/22
映画の中の、あのカメラ|07 箱男(2024) コンタックス TVS

ガンダーラ井上
2025/04/26
映画の中の、あのカメラ|08 マディソン郡の橋(1995) ニコンF-36モータードライブ

ガンダーラ井上
2025/05/24
映画の中の、あのカメラ|09 レイブンズ(2025) ミノルタ new SR-1 & ペンタックス SPF

ガンダーラ井上
2025/06/28
映画の中の、あのカメラ|10 レイブンズ(2025) Part2 小西六Pearl

ガンダーラ井上
2025/07/26
映画の中の、あのカメラ|11 地雷を踏んだらサヨウナラ(1999) ニコンF2フォトミック

ガンダーラ井上
2025/08/23
映画の中の、あのカメラ|12 大理石の男(1977) ペンタコンsix TL

ガンダーラ井上
2025/09/27
映画の中の、あのカメラ|13 ストーカー(2003) ライカ minilux

ガンダーラ井上
2025/10/25
映画の中の、あのカメラ|14 猫が行方不明(1996) ペンタックス6×7

ガンダーラ井上
2025/11/22
映画の中の、あのカメラ|15 シビル・ウォー アメリカ最後の日(2024) ニコン FE2

ガンダーラ井上
2025/12/27
映画の中の、あのカメラ|16 スローガン(1968) ツァイス・イコン フォクトレンダー ビテッサ 500AE electronic

ガンダーラ井上
2026/01/24
映画の中の、あのカメラ|17 ジェーンとシャルロット(2023) オリンパス ペンEES

ガンダーラ井上
2026/02/28
映画の中の、あのカメラ|18 大巨獣ガッパ(1967) トプコン ウインクミラーE

ガンダーラ井上
2026/03/28
映画の中の、あのカメラ|19 MINAMATA(2020) ミノルタ SR-T101

ガンダーラ井上
2026/04/25
映画の中の、あのカメラ|20 都会のアリス(1974) ポラロイド SX-70

ガンダーラ井上
2026/05/23
映画の中の、あのカメラ|21 スモーク(1995) キヤノン AE-1

ガンダーラ井上
2026/06/27
映画の中の、あのカメラ|22 リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界(2025) ローライフレックス Automat

ガンダーラ井上
2026/07/25
映画の中の、あのカメラ|23 ロストワールド/ジュラシックパーク(1997) ニコン F5

ガンダーラ井上
2026/08/22
※本ページの更新タイミングによって表示価格はキタムラECサイト(https://shop.kitamura.jp/)と異なる場合があります。その場合はキタムラECサイトの表示価格が正となりますのでご了承ください。
